上方訛りのお妾さん。其の一

〜高価な真珠を買った女〜

大学を卒業して十年ほど経ち、父の経営する宝石店の店長として店を任され、
高度経済成長の追い風に乗って順調に業績を上げて居りました。

同窓会などで高校の頃の学友と顔を合わせた折に、私が扱っている真珠の
装身具のことを宣伝しておいたお蔭で、口こみで私の店のことを知って、
注文をくれるお客さんが増え始めた頃のことです。

ある日、そんな同級生のＫ君から電話があって、
ネックレスを欲しがっている人が居るので、
お前のことを紹介しておいたと言い、
住所と電話番号を知らせてくれました。

その時のＫの話では、相手は或る中堅の造船会社の会長の妾だと言い、
年は四十の半ばだと言うことでした。

早速電話を掛けて、先方の都合を尋ねてみると、
中年の大人しい声の女性が出て、近々姪が結婚するので、
お祝いに使いたいから、出来るだけ早く来てもらった方が
良いと言います。そこで早速訪問の日時を打ち合わせて、
見繕いで商品を用意して、出掛けて行ったのは翌日の午後の事でした。

戦後も既に二十年ほど経っていましたが、
私が住んでいた地方都市には未だマンションと言うようなものは出来ておらず、
アパートが全盛を誇っている頃でした。

当時は今では余り聞かれない「妾」と言う言葉がまだ
普通に使われておりましたが、妾、つまり愛人を囲うのは
殆んどが一軒家から高級なアパートへと世相が変り始めて居りました。
当の注文主の住まいもその例外ではなく、
郊外の三階建ての３ＤＫほどの高級アパートでした。

初めて顔をあわせる彼女は洋子と言う名で、熟女の色香を体中から
発散させて居る様な、ポチャポチャとした十人並み以上の美人で、
先入観を抜きにしても、如何にも「お妾さん」という感じの女でした。

しかし、Ｋの電話で受けた印象よりも遥かに若く、
如何見ても三十代の若さに見えました。
その上、言葉に上方の訛りがあって、
話していると、何かしっとりとした雰囲気を感じ、
頻りに男心をそそられる私好みのタイプの女でした。

大型のアタッシュケースから商品を取り出して、テーブルの上に並べると、
洋子はついと私の隣へ来て、体が触れ合うような近くで、
ネックレスの品定めを始めましたが、薄物の着物の襟元から上品な香水の香りが
立ち昇り、我を忘れて思わず抱き付きたくなるような気分になったものでした。

洋子は身のこなしといい、言葉遣いいい、男をそんな雰囲気に誘い込む
妖しいほどの魅力を持った女なのでした。
其の日は、かなり高価な真珠のネックレスを買って頂いて、
代金は現金で受け取って一時間ほどで彼女の家を退出しました。

それから一ヶ月ほど経った或る秋の午後の事、洋子から直接私の店へ電話があって、
真珠を使った帯止めを造りたいので、一度家の方へ来て貰えないだろうかと言うのです。
「昼間はお忙しうおますやろうで、何やら夜でも構はしまへんさかいに」
その時、先日の彼女の家での不思議な雰囲気を思い出したのは事実ですし、
私に全く下心が無かったかと言えば嘘になりますが、其の日特に夜を選んだのは、
仕事の都合もあって昼間の時間が調整出来なかったのもまた事実でした。

「まァまァ、お忙しい体を、僅かなことでお呼び立てしまして」
その晩、約束の時間より少し遅れて訪れた私は、紺地の渋い花柄の浴衣を着た
洋子に玄関で迎えを受け、彼女は頻りに恐縮しながら座敷へ招じ入れました。

先日訪ねた時もそうでしたが、其の夜も家の中はヒッソリとしていて、
ほかに旦那らしい人の気配は感じられませんでした。

出されたお茶を飲みながら、早速、電話のあった帯止めの件を切り出しましたが、
洋子は口元を綻ばせて、
「まあまあ、夜は長うおますさかいに、その話は後でゆっくりと・・・」そう言って、
黒檀の机越しに顔を上げると、潤んだような瞳でジッと私の顔を見詰めてくるのでした。

それはどう考えても男を誘惑する目付きで、
触れなば落ちなん風情と言う言葉が有りますが、
その時の洋子はまさにその言葉通りの風情でした。
そんな事には人一倍敏感な私の事ですから、
女の目的を直ぐに理解して、
彼女に近づくタイミングを計り始めました。

「あなた、お酒は飲まはるんでっしゃろ？」
暫くして、洋子は甘い口調でそんな事を言い出しました。

「まあ、付き合い程度、酒飲み言うほどではないんですけどね・・・
　どちらか言うたら、甘党のほうでなぁ」
「まァ、さようか、ウチかて酒飲みは好かんわァ」

今が絶好のタイミングだという考えが私の脳裏を掠め、
その思いと同時に私はツィと立ち上がって、素早く洋子の背後へ廻り、　
腰を落としながら彼女の肩へ手を掛けました。