小説・美貌への招待。其の四
それから数日後の午後の事、主人を会社に送って、邸近くの地下鉄駅前を
走って居ると浜田夫人が、クルマを見かけて手を振っている。
近づくと止まるように合図して来た。
急停車する傍へ駆け寄ってきた彼女は、今日は洋装で妙に若く見えた。

「この間は有り難う。あの晩奥さん帰っていらしたの」
『ええ、お帰りに成りました。・・・あぁ、あの時、おくさま、車の中へ、
 なにかお買い物包みをお忘れに成ったんじゃ有りませんか?』
「いいえ、あたし、知らないわ。一体どんなものなの?」
『さぁ、うちの奥様が、お預かりに成って居るので、
 何か知りませんが・・・でも奥さんの出ないとすると、
 妙だな。どうして、車の中にあったのだろう』
「へんねぇ、ホホホホ。そんな事は如何だって良いとして、
 そこらで、お茶でも飲まない?」
『いや、結構です、。仕事中ですから、早く帰らないと困りますから』
「堅苦しい事言って・・・真面目なのね、
 この間のお願いして置いた、ドライブの事、何時か果たして下さいよ」
『困りますね、それは・・・。ぼくの車じゃないんですよ、これ・・・』
「半日ぐらい、如何にか成らないの。お礼にスーツ作ってあげるわよ」

魅惑的な目で笑って、夫人は駅の方へ歩いて行くのを見て車を動かしたが、
隆史は自分の気持ちがそろそろ浜口夫人の魅力に惹かれて行くのを、
どう防ぎようも無かった。

うちの奥様も美しく魅力的だが、少し怖い。
其の点、浜口夫人なら甘えて見たい気がする、
あの夫人が自分の腕の中でどんな姿態を見せるのだろう。

邸に帰ると間も無く、奥様のお出掛けである。今日は、厚木の婦人文芸の集いが有る由。
玄関に車を廻して待機していると、やがて盛装の知加子夫人が姿を現した。

車のドアを開け、婦人の裾を見る。乗り跨ぐ夫人のスッと出る白い足を見ることが、
隆史には習性に成ってしまっている。ちら、と見えるホンの一秒ほどの悦楽なのだ。
それでも、彼にはドキドキするほどの刺激だった。
太くも無く細くも無いスンナリと形の良い、すべすべしてそうな足である。

彼は一度で良いから夫人の足を、腿の付け根まで見たいと思う。
夫人は洋装嫌いだから、全然足を見る機会が無かった。だから車の乗り降りの際の、
ちらっと見えるふくら脛までの足から想像するの外は無いが、太腿から下をすっかり見せても、
必ず素晴らしき脚線美である事は疑うまでも無いと隆史は思って居るのだ。

車は青葉台ICから東名高速に入り厚木ICに向かって疾走していた。
「ねぇ、隆ちゃん、こないだの忘れ物、浜口さん取りに来ないじゃないの?}

不意に知加子夫人が話し始めた。
『あぁ、あれですか、今朝駅前で浜口さんの奥様をお見掛けしたんで、
 聞いてみましたんですが、ご存知無いそうです。
 そんな筈無いと思うんですが・・・妙な話ですね』
『お開けになりましたか、中を・・・』
「いいえ、その侭よ。あの侭捨てちゃおうかしら」
『はぁ、でも気に成りますね、中身も判らなないんでは』

其れっきり、話しは切れてまもなく厚木ICから市内に入って行った。
目的のレストランに夫人を降ろし、
隆史はその侭車内で会合の終るまで待つ事になった。

会員と言うのか、有閑夫人達が、ニ人三人連れで遣って来てはレストランの大きな
ガラスの扉を押して中へ吸い込まれて行くので有る。

会が終わり、夫人を乗せて、邸へ帰ると、直ぐ電話が有り、主人の健一郎氏から会社へ、
四時に車を廻せとの命令である。
横浜ミナト未来地区に有る会社へ、云われた時刻に行くと、まもなく健一郎氏が現れ、
綱島の料亭叶屋へと命じる。

矢田健一郎は当年五十の歳を数えるが、若者をしのぐ元気さで、身体は小柄だが、
精力旺盛なのは、妾宅が二軒もも有ることによって凡そ推察が付くと言うもの。
隆史の父親とは、遠い縁戚関係であるので、健一郎は、
隆史を単なる使用人扱いはしていないのだった。

料亭の表で待って居ると、仲居が出て来て、夕飯をお上がりなさい。と言う。
主人が隆史の事に気を配って呉れるのが、其の事でも判るのだ。
叶屋へ来るのは、今夜で二度目だが、この前も飯を食べたのである。

小座敷へ通ると、先程の仲居がお膳を運んで呉れた。
「さ、お腹すきはりましたやろ、お上がりやす」
と、京都訛りの優しい言葉遣いで話しかけてきた。

叶屋の本店は京都にあり、立て板、や仲居頭はじめ数人が、京都から出向してきており、
京都風の料理と、もてなしが“うり”の料亭なのだ。

隆史に着いた仲居は、秋子と言って隆史より三つ四つ年上とみえるが、
京都言葉と優しい物腰に、初対面から隆史は好きに成ってしまった。

秋子も、隆史が只の使用人で無い事を知って、粗末な扱いはせず、
良くもてなして呉れた。

「あんた、隆史はんていいはりまンねんてな。好ぇ名やわ。
 あてにも丁度あんた位の弟おますのや。と言うたら、あての歳判って仕舞うけど、
 ほゝゝゝ。けど、うちの弟は、あんたほど男前やないわ。
 あてによう似て、みっともない顔・・・」
『姐さん位の美人が、みっともないなら、世の中に美人なんて居ませんよ』
「おゝきに。たで食う虫とやらで、こんな顔でも、誰方ぞ拾うてくらはるやろうか」
『拾って呉れるなんて、そんなの待つ必要ないでしょう。
 やいのやいの云ってくるんじゃ有りませんか・・・』
「そんなンやったら苦労しますかいな、それてもあんた拾うとくなはるか?」
『えゝ、喜んで頂戴しますとも』
と言ってしまってから、隆史は赤くなった。
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