若き日の放浪生活。其の三
◇破瓜の後の嬉し泣き◇

連れこみ旅館も此の頃では姿を消しました。(連れこみ)とか(さかさクラゲ)等と言う言葉も
“死語”になりました。以前は、ラブホテルを、連れこみホテルとか言っていたはずです。

どこかジメジメとした感じのする部屋に通されて、私達は、暫くは黙った侭で居ました。

仲居さんの名は、幸子といいました。だから、皆からは(さっちゃん)と呼ばれていて、
私もそう呼びましたが、それはこの時が初めてでした。
店では、ほとんど話らしい話をしたことがなかったからです。

そのうちに、さっちゃんが、ポッポッと生家の事を話し始めました。彼女の生家は
長野県の飯山という所で雪深い処だそうです。父親は、戦死こそまぬがれたが、
帰国後は、腑抜けの様になってしまったこと等々・・・。
ふだんの明るさからは想像出来ない暗い話でした。

「一晩中、しゃべっていてもいいんだよ」
私は、本気で話を聞いてやるつもりでいました。
「そんなん。もったいない」
そう言って笑うと、さっちゃんは、電気を消し、裸に成っていったのです。

同衾してからも、私達はしゃべりました。仄かに見える天井を見詰めながら、
一時間は、子供の頃の話や、店での出来事などを話したと思います。

さっちゃんが、布団の中で、私の手を握ってきました。私も握り返し、
彼女にかぶさり、キスしていったのです。さっちゃんは、されるがままでしたが、
両手をしっかりと私の背中に廻して来ました。

新潟の女将さんと違って、そう色白の肌でない事は判っていました。
しかし、それだけに、そのギュッと締まった肉は、弾力に富み、
まさに十代の若さがピチピチと飛び跳ねてでもいるかのようでした。

たわわとはいいがたいが、確りとしたお椀形の乳房を絞り込み、
乳首を突き出して吸いねぶりました。
「アアッ。アアンッ」
「さっちゃん。気持ちいい?」
「う、うんっ」
いまにも泣きそうな声でしたが、私が布団の中でその腿を押し拡げていくと。
抵抗はまったくありませんでした。内腿をねっとりと撫で廻してから、
陰部に手を優しく被せたのです。それはまるで切なさの息を塞ぐ様にでした。

膣からの熱い呼吸のようなものを、私は、たしかに其の掌で感じていました。
「後悔しない?」
「うん」
「じゃあ、抱くよ」
「抱いて」
思えば、この瞬間こそが、私の、最も青春らしい一頁だったかもしれません。

私は、枕元の電気スタンドを点けると、そっと布団をはがしました。
「恥ずかしいっ」
さっちゃんが、両手で顔をかくしましたが、
私はその真っ裸の体を舐めるように眺めたのです。
ポッチャリとした女将さんとは正反対のようなしなやかな体でしたが、
といって、丸みは充分すぎるほどに帯びていました。

その柔肌に私は吸い付くと、また乳房からゆっくりとさっちゃんを舐めていきました。
陰部はことに念入りに舐めました。
タップリと濡らしておかないと、痛がるだろうと思ったからです。

「アンッ、アアンッ。ア、アヒィッ」
とぎれとぎれの荒い喘ぎの中で、尻がもう小刻みに震え、汁もおびただしく出てきました。
俗にオサネと称する陰核も艶をたっぷりとおびて桜色に光り、
ピックンと張りつめているようでした。触感としては、まるで固い貝柱さながら、
舌で思う存分に吸い、転がし捲くらずにはいられません。

「ウウン、ウウン、ウウン、ヒ、ヒヒイッ・・・」
しきりによがる、さっちゃんの歪んだ表情眺めながら、
一物を当てがいました。腰を入れると、案の定、痛がりました。
「大丈夫?」
「へ、平気」
「入れるよ、全部」
「う、うんっ」
メリメリとばかりにもう一気にさっちゃんの中に挿入していきました。

「オオウッ」
見ると、さっちゃんは泣いていました。おそらく、うれし泣きではなかったでしょう。
その時、小さな声で、“お母さん”と言いましたから・・・。

一体となって抱き締めました。さっちゃんも、両手両足で私にしがみ付いてきた。
女将さんと違い、愛しさが込み上がりましたが、私は、自分を流れ者だと
思っていましたから、一緒に成ろうなどとは決して口にしませんでした。
それは、この後、何度か抱いた時も同じです。

シーツが赤く染まっていました。私達は、帰る時、後始末代として、
百円札を一枚、折って置いていきました。
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