小説・美貌への招待。其の一

『美貌への招待』の原本は昭和二十年代後半のガリ版刷り、
54ページの挿絵入りの地下本です。
此処では設定・人物の服装等を平成の時代にアレンジして書いて居ります。

前文・外面如菩薩内面如夜叉・・・古い言葉で言えば、それで有るように、よそ目では、
いとも優雅な朧たけた女性の、金糸銀糸の衣服の下に渦巻く淫情の炎はも
想像を絶するほどの激しくも亦浅ましき痴態の限りを示すのである。

一人の若き運転手を取り巻いて、富豪夫人、令嬢、女中、ホステスなどが、
幾多の女性が背織り成す情痴の絵巻は、リスナー諸氏を幻想の世界へ誘い込むでしょう。

本文
今夜は十時にお帰りだとの事で、隆史は車をその時間に新横浜駅まで専用車を運転して行った。
屋敷は横浜市都筑区に有り高級住宅地として、大手私鉄が開発した“多摩田園都市”の
隣接地として発展した地域である。

東京行きの新幹線が速度を落として静かに停車した。スーツ姿のビジネスマンや、
土産袋を携えた行楽客が多数吐き出されてくる。
隆史は駅前の駐車場に車を止めて、主人の知加子夫人を待った。

最後の一人が改札口から出て来たが、遂に夫人の姿は無かった。
携帯電話が鳴って女中の菊枝から「夫人は一時間位お帰りが伸びた」と連絡が入った。
仕方が無い。車の中で待とう。隆史は売店で雑誌と飲物を買った。

「チョツト、・・・・あんた。」と女の声が不意に彼の耳元でした。

目を向けると、和服の中年の女性だった。黒地に菊と梅の花をあしらった大胆な柄の着物で、
襟をキュッとつめて着て、背のすらりと高い夫人だった。

「あなた矢田さんの運転手さんでしょう?」
『そうです』
「私を知ってる?」
『はあ、存じて居ります。うちの奥様とご一緒にお乗りに成りましたから』

一、二回見掛けたこの夫人は、浜口夫人に違いなかった。
然し、是まで見ていた夫人は何時も洋装だったから、始めは見違えたが、
甘い声での語り口は独特の響きが有る。

「すまないけど、あたしの家まで乗せて呉れない?矢田さんは未だ帰らないわよ。
 ひょっとすると、終電車ぐらいになるんじゃないかしら・・・乗せてくれる?」

駅から浜口家への往復は三十分程掛かりそうだが、何とか行って帰って来れそうだった。
『はあ、どうぞ」
夫人を後部座席に乗せてエンジンをかけた。

彼女は前へ乗り出して隆史の耳の間近に口を寄せてきた。
「あたしの家知らないでしょう?其処の角を曲がって・・・真っ直ぐに行って・・・」
吐く息が首筋に掛かる。
何時も嗅ぐ知加子夫人とは、又べつの香りが車内に一杯篭もって居る様で有る。
甘酸っぱくて、金木犀に似た匂いで、少し扇情的である。
隆史はふいに体内の血が沸くのを自覚し、ドキリとした。

「あなた、おとなしいのね。どうしてそう無口なのよぅ。
 ねぇ、何時か箱根辺りへドライブしない?
 なんなら熱海まで行って・・・・ウフフ・・・あなた、あたしの事嫌い?」
『あの、お宅は、未だですか?』
「えぇ、もうすぐよ。ほら、其処の電柱の有る家よ」

キーッとタイヤの音を軋ませて、車を止めた。
先に降りて、隆史が後部座席のドアーを開けた。
トカゲの皮草履に白足袋がくっきりと白く、裾の中からちらっと脚を見せて、
浜口夫人は車から降り立った。

「どうも有り難う。これ、タバコでも買って頂戴」
四つに折りたたまれた一万円札である。
『是は頂けません』
「良いのよ、良いのよ。じゃあ又ね、ドライブ、頼むわよ」

ひょいと片手を上げ、笑顔を残しながら、さっと門の中に飛び込んで行く。
気が付くと、隆史のポケットの中に、一万円紙幣は押し込まれていた。

三食付とは言え、安月給の身で、一万円の臨時収入は有りがたいが、
相手が浜口夫人であるだけに、少々薄気味悪いが、マァ良いか、
と呉れるものは貰って置くか、と思いながら、車を又駅まで走らせた。

十一時に成ったので、車を駅の玄関口に移動して上り東京行きを待った。
暫くして矢田夫人が、深みの有る冷たい美しさの顔を、改札口に現した。
隆史は、目を輝かせ、急いで車のドアを開いた。

『お帰りなさいませ』
「少し待たせて仕舞ったわね。旦那様はお帰りに成ったかしら?」
『いいえ、今夜もお帰りには成らないそうです』
「そうなの・・・」
夫人の顔に、ちらっと不快な色が浮び、直ぐ消えた。

車が走り出す。バックミラーをそっと見ると、夫人の白い美貌が、
何か冴えない表情を見せている。
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